宮城 :: 加護山国家安楽寺跡の地図とデータ

加護山国家安楽寺跡

データ

名前 加護山国家安楽寺跡
よみがな かごさんこっかあんらくじあと
遺跡
都道府県 宮城
所在地 大崎市田尻加護坊山
駐車スペース あり
交通 - 徒歩

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交通 - 車

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周辺情報
タグ 遺跡駐車可能
注意事項

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紹介文

天武天皇がこの山を東叡山と称し、加護山国家安楽寺を建立したものと考えられている。当時は寺院64,坊舎48,僧坊108あったが、火災で焼失。現在はその礎石群が残されている。(無夷山崑峰寺由来記) 地元の伝承には「朝比奈三郎(アサイナサブロウ)が住んでいたところで、矢の的にするために土を運んで歩いたところが吉田川、的にするため作った山が矢喰山(薬莱山)になったという。もともとは前期古墳があり、その場所に安楽寺を立てた可能性がある。発掘が待たれる。

posted by morudauharerya

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コメント (2)

三神貞夫 2014.8.30 - 2014/08/29 18:30:52

たとえば山頂の西部下にある「鐘楼跡」という標柱のある場所は、鐘つきをすれば、四方に聞こえた場所であるし、ここには土台石として確実に証拠となる礎石が、誰にも確認できる。このような場所は、さるS40年代の県の事業であった「草地造成」のために、ほぼ消え去ったが、まだ確実に人工的に平地を造成した跡が散見される。頂上にある土墳の下には、何が埋没しているのか興味が尽きないが、公的に発掘の動きはない。

三神貞夫 - 2014/04/15 04:47:45

私はごく幼い時から、この古寺の跡を母に手をひかれて、母の実家涌谷に歩いた。だからこの山は私の80年のほぼすべてを知っている山である。この山にはかつて壮大な伽藍と多数の僧侶が修行したとなっているが、ただ一つの石碑もない。それは太古の天台宗の寺には、墓碑石碑を建てないという規則があったと、最近知ることを得た。ここには想像をはるかに超えた歴史が存在する山であったと、今更のように思いを深くしている。