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古墳 (347)

<岡山> 矢籐治山古墳
<岡山> 塚山古墳
<岡山> 田邑丸山古墳群
<岡山> 百田古墳
<岡山> 唐臼墳墓群
<岡山> 法寿山古墳群
<岡山> 塚の鼻古墳群
<岡山> 馬橋古墳
<岡山> 一貫東1号墳
<岡山> 近長四ツ塚古墳群
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写真 (3876)

グラウンド脇に丘陵への遊歩道
遊歩道右=1号・左=2号墳(南から)
1号墳(径37m・高さ6m)
1号墳(墳頂は平坦)
1号墳(墳頂の掘り出し跡)
2号墳(後円部墳丘)
2号墳(後円部の掘り出し跡)
2号墳(竪穴式石槨の石材露出)
2号墳(くびれ部辺り)
2号墳(前方部墳丘)
2号墳(前方部先端=不明瞭)
2号墳(前方部側面から後円部方向)
3号墳(径12m・高さ1.5m程度)
3号墳(墳頂の掘り出し跡)
4号墳(径10m・高さ2m)
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コメント (356)

グラウンド南側脇の歩道から丘陵に登る遊歩道がありますが、整備されていないので竹が生えたりしています。 ・1号墳 遊歩道の東側の藪に大きめの墳丘が存在しています。墳丘は円墳のようですが、東西方向に長く楕円形に見えます。古墳位置が頂部にあるせいか、墳丘斜面は西側を除いてかなり急斜面です。墳頂はΦ10mほどの平坦面で、中央に竪穴式石槨を掘り出した跡のような窪みが見られます。 ・2号墳 1号墳の西側10m付近に遊歩道を挟んで墳丘が有ります。後円部のようですが、墳丘の形は崩れ歪な形で、径20m級、高さ2~3mほどに見えます。墳頂には、長さ4.5m、幅2.7m、深さ0.8mほどの掘り出し跡が残っていて、西側の一辺には竪穴式石槨の石材らしき20㎝前後の石が露出しています。後円部から前方部を見ると、分かりにくいですが雰囲気はあります。くびれ部の幅は8mぐらいで、前方長さ18m、幅10mほどに見えたりします。 ・3号墳 2号墳の前方部先端と接していて、径12m、高さ1.5mほどの墳丘に見えます。墳丘の形は崩れ細長くみえ、墳頂には盗掘坑のような窪みがみられます。 ・4号・5号墳 3号墳の南東側に接して径10m級、高さ2mほどの円墳。4号墳の南東側に接して径14m、高さ0.7mほどの歪な墳丘が存在しています。

田邑丸山古墳群

川沿いの道路を歩いていると、民家奥に墳丘らしきものが見えるのでそちらに行くと、丁度民家のおじいさんが居られたので挨拶して見学さしてもらう。ほぼ北に開口していて、入口に天井石が1石落下しています。墳丘の民家側は削られていて、天井石は3石、側壁は持ち送りの石積みです。奥壁は下部に大きな石が使われ、上側は横長の小さな石材を積んでいます。

百田古墳

集落から案内板が設置されているので行き易く、見学しやすい環境です。尾根下方から3・2・1号墳の順で、更に上に唐臼墳墓が位置しています。 ・釜ヤ谷3号墳 アスファルトの山道脇に標識があり、見上げると説明板が目に入ります。円墳とされているようですが、墳丘、天井石は無くなっています。羨道側は南東方向で、現状の石室長さ5m以上、幅0.9m、奥壁高さ1.1mほどに見えます。 ・釜ヤ谷2号墳 3号墳のすぐ西側にあります。円墳のようですが、この古墳も墳丘、天井石が無くなっています。羨道側は南東方向で、現状石室長さ3.1m、幅1.1m、奥壁高さ1.2mほどに見えます。奥壁は巧みに石積みされています。 ・釜ヤ谷1号墳 2号墳の北側に見えています。径15m、高さ2.5mの円墳らしく、封土は無くなり天井石が3石露出しています。現状の石室長さ7.5m以上、幅1.7m、高さ1.6mほどに見えます。石室入口に天井石らしき石材が落下していますが、長さ1.2mほどで石室の幅より短いので、羨道周りの石材か天井石が割れたものかと思ったりします。(#^.^#)   墳丘斜面には、天井石らしき石材が見られますが、歪すぎてどの位置に、どんな形で載せられたのか、または未使用品かと首をかしげます。(#^.^#)   奥壁は3段に見えますが、下側2段は割れた感じです。右側壁は胴張の湾曲が見られます。羨道側に石の集積が見られます。何かの台座だったのか、ただの整理に積まれたのかと思ったり。(#^.^#) ・唐臼墳墓 釜ヤ谷1号墳の上側に見えます。下段一辺6m、上段一辺5mの二段築成の火葬墓らしく、真ん中に外容器といわれる石が2石保存されています。中央部に20㎝強の穴があり、そこに蔵骨器といわれるものが納められていたようです。 ※遺跡地図では、釜ヤ谷4号墳が東側の丘陵頂部に横穴式石室の円墳が有るようなので行ってみると、現地の丘陵は平坦な開墾地になっていて、牧草地のような土地になっていた。(もう無い?)  そこから一段下がった藪の尾根頂部付近は雰囲気はありますが、墳丘らしきものに辿り着く事は出来ず諦めました。(#^.^#)

唐臼墳墓群

標識にある6基の見学を目的に山道を登っていきますが、一番最初にある32号墳の位置に辿り着くまでに墓地周辺で迷い時間が掛かる。 ・25号墳 径11m、高さ2mの円墳で、石室残存長さ5.8m、幅1.2m、高さ1.8m程度とされています。南西に開口する無袖式の石室に見えます。天井石は5石で、右側壁は胴張と持ち送り感があります。床面には不明の石も見えます。 ・24号墳 古墳群の中で一番大きな石室のようで、石室残存長さ7.8m、幅1.3m、高さ1.9mとされています。山道脇から墳丘が見え、径14m、高さ2mの規模です。ほぼ南に開口する右片袖式の石室で、天井石6石、奥壁は縦長の鏡石で、右側壁は胴張感があります。床面に大きい物では、長さ0.9m、幅0.5m、厚み0.2mほどの陶棺片が見られます。 ・18号墳 古墳の分布図周辺を探すも辿り着けず、諦めかけていたところ、思っていたところよりも下方に有った。径12m、高さ2.5mの円墳で、石室残存長さ6m、幅1.4m、高さ1.6mの規模とされる。南に開口する石室入口の両サイドに石垣状の列が見える。奥壁は鏡石に1段と調整石で積まれていて、石室は四角の形に見えます。羨道下方に大きな天井石らしき2石が落下していますが、大きい方の石は羨道側に使うにしては大きすぎる感じで、実際使われたかどうかと思ったり。(#^.^#) ・14号・15号墳 18号墳から少し山道を登ると、2mほどの小川があり、渡ると白い案内板が上側に見られます。15号墳は径11m、高さ2mの円墳で、石室残存長さ4.7m、幅1.2m、高さ1.8mとされています。天井石は4石、奥壁は2段で、調整石を丁寧につかいスッキリ感のある石室です。14号墳は隣に接していて、径12m、高さ1.5mの円墳で、石室残存長さ3.6m、幅0.9m、高さ1.4mの規模とされています。入口は埋もれ気味ですが、天井石5石、奥壁は鏡石に上側1段積みで、15号墳の石室を小さくした感じです。 ・1号墳 民家裏に開口し、右片袖式の石室です。石室現存長さ7.4m、幅1.6m、高さ1.6mの規模。入口側は埋もれ気味ですが、奥壁前は掘り出し跡が残っています。右側壁側の盛土は無くなり、石材が露出し荒々しい景観です。墳丘の北側から東側は残っていますが、裾は開墾で削られています。

法寿山古墳群

・1号墳 丘陵を登っていく道路の脇に駐車スペースと標識があり、70mほど整備された山道を登ると頂部に1号墳と標柱がありました。現状の墳丘は、15~20m級で、高さ2mほどです。墳丘の西から南にかけて削られていて、歪な墳丘に変わり果てています。墳頂には盗掘坑のような凹みが見られます。下方には立派な墓地があります。 ・2号墳 墳形は円墳と推定されているようですが、現状一辺10m、高さ1.5~2mほどの方墳に見えます。墓地造成により方形に変えられた感じがします。立派な墓地の標識をみると、なんでも室町・戦国時代の白石城主の田淵家初代から5代の墓が祀られているようです。なお中央の5代の墓下より古墳出土と明記されているのが見られます。 ・3号墳 古墳の位置はよく分かりませんが、2号墳に登る石段の右側墳丘の裾に長方形の窪みがあり、土を被せている中に加工した平石が覗いていて、これが箱式石棺かなぁと思ったりしますが定かではありません。

塚の鼻古墳群

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