yamakoさんのプロフィール
舘ヶ崎古墳があったとされる付近を見てきました。下草が枯れていて雪もなかったものの、笹藪状態で古墳の正確な位置は特定できませんでした。付近の田畑には害獣よけの電気柵があったようですが、冬期間のため外されていたようです。農作業期間中は近づくのが難しい場所かもしれません。
塩ノ森古墳があったとされる場所に行ってきました。私有地のため、付近の道路から写真撮影しました。造成されたためか、道路からは古墳の存在はよく分かりませんでした。
石堂山古墳があったとされる石堂山を散策してきました。山の西側と南側に高畠石造りの階段がありました。山の中腹にはかなり古い墓石が並んでいます。その北側端の付近がえぐれているようですが、ここが古墳があった場所かどうかが不明。 山の上まで散策路が延びていて、歩くことができるようです。山道の途中にイノシシの糞が落ちていたので、遭遇する可能性ありです。
ー合戦原遺跡 線刻壁画(実物)保存・展示施設 山元町歴史民俗資料館の情報ー ◆〒989-2203 宮城県亘理郡山元町浅生原字日向13-5 ◆TEL・FAX:0223-37-0040 ◆開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで) ◆休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌日)・年始年末 ◆拝観料:一般200円(150円)/高校生等100円(70円)/小中学生50円(30円) *( )内は20名以上の団体料金 ◆常磐自動車道 山本ICより5分程度 ◆JR常磐線 山下駅から徒歩15~20分(タクシーで5分程度) ◆山元町歴史民俗資料館公式キャラクター:せんこくん(2018年11月誕生) ◆せんこくんグッズ・LINEスタンプ発売中 詳しくはこちら↓↓ https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/11912.html
山元町を訪れた時、偶然山元町歴史民俗資料館に日本初の線刻壁画が公開されていると知り見てきました。 「平成23年(2011年)3月に発生した東日本大震災の復興事業に伴い、集団移転の用地内にあった「合戦原遺跡」の発掘調査で発見された合戦原遺跡38号横穴墓の「線刻壁画」の実物を、日本屈指の専門家の皆さんの全面的な指導・協力を得て移設・保存しました。 この「線刻壁画」は、約1400年前(飛鳥時代~奈良時代)のもので、「鳥」・「人」・「家」などと考えられる様々な図柄が書かれています。その多様な図柄の「線刻壁画」は、県内では初めて発見されたもので、東北地方でも稀有な存在であり、学術的にも非常に高い評価を得ています。ー山元町歴史民俗資料館のご案内よりー」 決して大きな施設ではないのですが、移設された線刻壁画は結構見応えがあり!内部は撮影OK(但しフラッシュ撮影は禁止)です。キャラクターの「せんこくん」のゆるさが気に入り缶バッチをお土産に買ってきました^^週末にも関わらず見物客は少なめだったので展示物をじっくり見て回ることができて満足。近くに農水産物直売所やまもと夢いちごの郷もあり立ち寄りついでに回るのもオススメです。
病院の敷地内にある大塚古墳を見てきました。現在、再現された古墳の前には説明板がありました。昨年の夏に撮った説明板の写真もアップします。
戸塚山古墳から出土した人骨を元にCG復元されたようです! 「米沢市浅川にある戸塚山古墳から40年前に出土した女性人骨を最新の技術で解析し、生前の姿を映像化する取り組みを進めていた同市教育委員会は4日、復元したCG画像と動画を公開した。褐色気味の肌に髪は直毛、若干垂れ目の顔立ちが特徴的で、長い間謎だった“置賜の女王”の姿が明らかになった。 映像化には東北学院大、東北大、国立科学博物館など7研究機関が関わった。40年前の発掘調査で身長は145センチ程度、年齢は40歳前後の女性という点までは分かっていたが、DNA解析やデジタル技術を駆使して復元された「女王」は一重の垂れ目で鼻は低め。髪の毛は黒の直毛で顎関節症の影響か、あごが若干左側に曲がっていることが新たに判明した。」 以上山形新聞オンライン “置賜の女王”CGで復元 米沢市教委など、古墳の人骨から 2022/11/4 21:31配信より抜粋 https://www.yamagata-np.jp/news/202211/04/kj_2022110400095.php 最新技術活用、置賜の女王CGで復元のYouTubeはこちら↓↓ https://www.youtube.com/watch?v=PmWEW9ovTkU&t=61s
近くの大立洞窟に行ってきました。巨大な岩の隙間の内部が洞窟になっており、思った以上に広い空間。2本の石で出来た柱が立っていて、まるで鳥居のよう。何ともミステリアスな場所でした。
旧高畠町立時沢小学校(現在熱中小学校)の近くに、大師森石窟石棺の説明板がありました。建物の中にもしかして石棺があるのかな?と覗いてみたのですが、それらしいものは特に見えず。
愛宕山古墳はすでにないとのことですが、すぐ近くにあるの石鳥居が見たくて行ってきました^^年期の入った古い鳥居は結構見応えがあり!!細い農道の突き当たりにあります。車でも行けますが、道幅が狭いので大型車は要注意。
2022年10月現在、笹藪が刈られて古墳が見やすくなっていました!5号墳と6号墳と推測される場所は、安久津神社奥の院へ続く道の途中にあります。それぞれの古墳にナンバープレートがないので、あくまでも地図から推測です。看板とナンバープレート設置してほしいところです。
調査時には15基の古墳が確認されたようですが、台地は削られ古墳群の形跡は見られず。台地の西側に唯一、石室に使われた石(?)と想像させるようなものが集まられている箇所がありましたが、古墳群との関係は不明。現時点ではほぼ消滅した古墳群のようです。
古墳群があるあたりは雑木林になっており、古墳群の特定ができませんでした(>_<)すぐ隣に皇大神社古墳群があり、そちらも行ってみましたが墳丘らしきものは見付かったもののやはり特定はできませんでした。
その昔古墳があった場所は開墾され田んぼになっていました。背後には古墳が発見された戸塚山がよく見えます。
1999年の調査当時は、木が伐採された直後で墳丘が確認できたそうですが、現在は雑木林になっており、ピンポイントな場所の特定は困難でした。
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舘ヶ崎古墳があったとされる付近を見てきました。下草が枯れていて雪もなかったものの、笹藪状態で古墳の正確な位置は特定できませんでした。付近の田畑には害獣よけの電気柵があったようですが、冬期間のため外されていたようです。農作業期間中は近づくのが難しい場所かもしれません。
塩ノ森古墳があったとされる場所に行ってきました。私有地のため、付近の道路から写真撮影しました。造成されたためか、道路からは古墳の存在はよく分かりませんでした。
石堂山古墳があったとされる石堂山を散策してきました。山の西側と南側に高畠石造りの階段がありました。山の中腹にはかなり古い墓石が並んでいます。その北側端の付近がえぐれているようですが、ここが古墳があった場所かどうかが不明。
山の上まで散策路が延びていて、歩くことができるようです。山道の途中にイノシシの糞が落ちていたので、遭遇する可能性ありです。
ー合戦原遺跡 線刻壁画(実物)保存・展示施設 山元町歴史民俗資料館の情報ー
◆〒989-2203 宮城県亘理郡山元町浅生原字日向13-5
◆TEL・FAX:0223-37-0040
◆開館時間:9:00~16:30(入館は16:00まで)
◆休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌日)・年始年末
◆拝観料:一般200円(150円)/高校生等100円(70円)/小中学生50円(30円)
*( )内は20名以上の団体料金
◆常磐自動車道 山本ICより5分程度
◆JR常磐線 山下駅から徒歩15~20分(タクシーで5分程度)
◆山元町歴史民俗資料館公式キャラクター:せんこくん(2018年11月誕生)
◆せんこくんグッズ・LINEスタンプ発売中
詳しくはこちら↓↓
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/11912.html
山元町を訪れた時、偶然山元町歴史民俗資料館に日本初の線刻壁画が公開されていると知り見てきました。
「平成23年(2011年)3月に発生した東日本大震災の復興事業に伴い、集団移転の用地内にあった「合戦原遺跡」の発掘調査で発見された合戦原遺跡38号横穴墓の「線刻壁画」の実物を、日本屈指の専門家の皆さんの全面的な指導・協力を得て移設・保存しました。
この「線刻壁画」は、約1400年前(飛鳥時代~奈良時代)のもので、「鳥」・「人」・「家」などと考えられる様々な図柄が書かれています。その多様な図柄の「線刻壁画」は、県内では初めて発見されたもので、東北地方でも稀有な存在であり、学術的にも非常に高い評価を得ています。ー山元町歴史民俗資料館のご案内よりー」
決して大きな施設ではないのですが、移設された線刻壁画は結構見応えがあり!内部は撮影OK(但しフラッシュ撮影は禁止)です。キャラクターの「せんこくん」のゆるさが気に入り缶バッチをお土産に買ってきました^^週末にも関わらず見物客は少なめだったので展示物をじっくり見て回ることができて満足。近くに農水産物直売所やまもと夢いちごの郷もあり立ち寄りついでに回るのもオススメです。
病院の敷地内にある大塚古墳を見てきました。現在、再現された古墳の前には説明板がありました。昨年の夏に撮った説明板の写真もアップします。
戸塚山古墳から出土した人骨を元にCG復元されたようです!
「米沢市浅川にある戸塚山古墳から40年前に出土した女性人骨を最新の技術で解析し、生前の姿を映像化する取り組みを進めていた同市教育委員会は4日、復元したCG画像と動画を公開した。褐色気味の肌に髪は直毛、若干垂れ目の顔立ちが特徴的で、長い間謎だった“置賜の女王”の姿が明らかになった。
映像化には東北学院大、東北大、国立科学博物館など7研究機関が関わった。40年前の発掘調査で身長は145センチ程度、年齢は40歳前後の女性という点までは分かっていたが、DNA解析やデジタル技術を駆使して復元された「女王」は一重の垂れ目で鼻は低め。髪の毛は黒の直毛で顎関節症の影響か、あごが若干左側に曲がっていることが新たに判明した。」
以上山形新聞オンライン “置賜の女王”CGで復元 米沢市教委など、古墳の人骨から 2022/11/4 21:31配信より抜粋 https://www.yamagata-np.jp/news/202211/04/kj_2022110400095.php
最新技術活用、置賜の女王CGで復元のYouTubeはこちら↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=PmWEW9ovTkU&t=61s
近くの大立洞窟に行ってきました。巨大な岩の隙間の内部が洞窟になっており、思った以上に広い空間。2本の石で出来た柱が立っていて、まるで鳥居のよう。何ともミステリアスな場所でした。
旧高畠町立時沢小学校(現在熱中小学校)の近くに、大師森石窟石棺の説明板がありました。建物の中にもしかして石棺があるのかな?と覗いてみたのですが、それらしいものは特に見えず。
愛宕山古墳はすでにないとのことですが、すぐ近くにあるの石鳥居が見たくて行ってきました^^年期の入った古い鳥居は結構見応えがあり!!細い農道の突き当たりにあります。車でも行けますが、道幅が狭いので大型車は要注意。
2022年10月現在、笹藪が刈られて古墳が見やすくなっていました!5号墳と6号墳と推測される場所は、安久津神社奥の院へ続く道の途中にあります。それぞれの古墳にナンバープレートがないので、あくまでも地図から推測です。看板とナンバープレート設置してほしいところです。
調査時には15基の古墳が確認されたようですが、台地は削られ古墳群の形跡は見られず。台地の西側に唯一、石室に使われた石(?)と想像させるようなものが集まられている箇所がありましたが、古墳群との関係は不明。現時点ではほぼ消滅した古墳群のようです。
古墳群があるあたりは雑木林になっており、古墳群の特定ができませんでした(>_<)すぐ隣に皇大神社古墳群があり、そちらも行ってみましたが墳丘らしきものは見付かったもののやはり特定はできませんでした。
その昔古墳があった場所は開墾され田んぼになっていました。背後には古墳が発見された戸塚山がよく見えます。
1999年の調査当時は、木が伐採された直後で墳丘が確認できたそうですが、現在は雑木林になっており、ピンポイントな場所の特定は困難でした。