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コメント (368)
丘陵先端近くの東側斜面の墓地脇の道を登って行くと、丘陵の尾根筋を登って行く山道に変わります。そして、山道を登り始めてすぐ脇(20mぐらい奥)に円墳らしき墳丘が藪の中に見えます。石室は横穴式で南東方向に開口しています。石材は良く残っていますが、石室はかなり埋もれています。奥壁は2枚の鏡石が使用されている様です。側壁の石材は色々な形の物を配置し、色々修正しながら石組しているのが見えて面白いです。
飯岡地区の単独丘陵の山頂に有る丸山古墳に行ってみました。丘陵を回って登り口を探すと、南側に飯岡神社の鳥居が有り、石段を登って行くと社に到着します。その脇から雑木林を歩いて山頂を目指すと、頂上が墳丘になっていました。墳丘西側に横穴式石室が開口しています。中に入ってみると、同じような大きさの小さな石材が使用されています。特に奥壁はレンガ積みの様な感じで、竪穴式石室に良く似ています。側壁は持ち送りの石組で、傾斜角度が鋭く、よくも崩れず長年の歳月持ちこたえて来たんだなぁと感心します。これも古代人の技術なんだろうなぁと思ったりします。
近くの釜の上古墳を見学した際、寄ってみると、下草が綺麗に刈られていましたので写真に撮ってみました。
昨年、月の輪古墳を見学した際に、釜の上古墳の標識を目にしたので、探してみたが分からなかったので再度行ってみた。標識の山道を歩いて行くと、山頂の回りを巡る様にあるが、山頂に登って行く道が無いので、藪を掻き分けて登ります。周辺は木が生い茂りうっそうとしています。山頂に有る墳丘の勾配は急ですが、墳頂は平坦です。現在は墳丘のみで、薄暗い中にひっそり存在している感じです。墳頂から南下方を見ると、石碑らしき物が有るので藪を掻き分けて下ってみると、小さな平地面に釜の上神社跡の石碑が有り、昔の歴史を留めています。帰りは下方の笹藪を掻き分けて下がって行くと、駐車スペースの所に出ました。
集落脇の道から丘陵に入り古墳を探しながら藪の中を歩いていると、民家裏に隣接した位置に墳丘が有りました。横穴式石室が南側方向に開口しています。石室内は埋もれて僅かに天井石の下が開口しています。石室下方向には大きな天井石らしき石材が1石落下しています。奥壁は小さな石材しか見えませんが、埋もれている所には大きな石材が有るのかなと思ったりします。墳丘には側壁の石材らしき石が露出していました。
集落の間から丘陵に入って行く持宝院参道のすぐ脇に墳丘が有りました。墳丘下は墓地で、すぐ下には民家が有ります。墳丘西側が開口していたので、一瞬羨道部が開口しているのかと思いましたが、奥壁の天井石が1石外されている状態でした。主軸は東西方向で、東側は一部を除いて塞がっています。閉塞石と思われる石で羨道が塞がれています。閉塞石が実際使われている古墳を見るのは初めてで、こんな感じで石組されるのかと、なにか得した気分です。左片袖式の石室で、大小の石材が使われ、保存状態の良い石室でした。
県道(旧鷲羽山スカイライン)脇に車を停めて歩くと、小さな山道が有ったので下って行くと、開けた果樹園に到着しました。この周辺に2号墳が有るらしいので果樹園脇の藪の中に入って歩きまわるも見渡らず、果樹園に一旦戻って土地の盛り上がりの一部と思っていた場所の西側(藪側)に回り込んで見ると石室が開口していました。入口は狭いです。石材は小さく、持ち送りの石組で、右片袖式の石室でした。
その後、一旦北側に下りて道路を東側に歩くと丘陵に登る山道が有るので入って行くと、畑の奥の竹林の中に3号墳が有りました。石材は露出しています。石室は東に開口する横穴式です。天井石は1石載っています。側壁の露出している高さを見ると、石室はかなり埋もれているようです。
最後に1号墳を見学するため、道路を西側に歩き、丘陵に入って行くと、雑木の中に古墳らしき墳丘が目に入ります。墳頂には天井石の一部が露出していますが、石室はよく残っています。南西方向に開口し、天井石は4石、持ち送りの石組です。石室下方には石材が転がっていました。
丘陵の山道を登って行くと、左手の谷下に池が見える付近から尾根に入って行く。藪の中を下方に下がって行くと、わずかな勾配の斜面に小さな石積みが見えます。脇には小さな祠が置いて有ります。そしてビンの水入れも見られます。片側一列ですが、竪穴式石室の一部ではと思い写真に収めました。古墳の痕跡は少なくなっていますが、祠を建てて昔から代々伝えられてきたのでしょう。
集落の道を歩いていると、道沿いの草を機械で刈られていたお爺さんが居られたので、古墳の場所を聞くと、すぐ近くに有ると言う事でした。そして案内してくれると言う事なのでお世話になりました。行く途中、以前に大学の学生がこの古墳を見学に来た時、「何にも無い古墳でした」と言って帰って行ったと笑顔で話されていた。馬の背みたいな小さな丘陵のヒノキ林に低い高まりが有ります。位置的に2号墳の様です。昔はもっと高かったとの事ですが、歳月と共に低くなっている様です。ヒノキ林には下草が生えていないので見通しが良く、奥側に1号墳の低い墳丘が見えます。情報によると、箱式石棺らしき石材が4石有るとの事ですが、それらしいのが1石見えますが、3石は見渡らないのでお爺さんにお聞きすると、両手で落ち葉を払いのけて探してくださるので恐縮です(*^_^*)
落ち葉の下から石棺らしき石材が出てきたのでワクワクしながら見学させてもらいました。小さな墳丘でしたが、印象に残る古墳でした。
鷲羽山展望台の駐車場に車を停めて墳丘の方向を目指して歩いて行くと、遊歩道の案内標識が目に入ります。標識に古墳の表記が有ったので、この遊歩道を進むと古墳に到着しそうなので、どんな所に有るのだろうと楽しみです。丘陵の遊歩道は整備され、南側には瀬戸の島々、瀬戸大橋。北側には児島の海、街並みと素晴らしい景観です。お年寄りや若い人がカメラを手に歩いています。少し歩くと3号墳が遊歩道脇に有ります。封土は流出し、石材が露出しています。横穴式石室で南の瀬戸内海側に開口していた様です。側壁が残っていますが、幅を測ると約2.4m位ですが、現在残っている天井石らしき石材は側壁間に載せるほど大きくないような感じです。現在の側壁は移動した物か、大きな天井石は崖下に落としたものか、持ち送りの石組で大きな物でなくて良かった物か、少し思ってしまいました。更に遊歩道を進むと、遊歩道の真ん中に2号墳の標識と、天井石らしき石材が1石残っています。この古墳も3号墳と同じように、南の瀬戸内海を見おろす方向に向いていたのではないかと思います。2号墳から更に進むと、すぐ近くに1号墳が遊歩道脇に有り、石材が一部残っています。この古墳も南側に開口した石室の様です。こんな景色の良い場所に古墳を造った古代人は素晴らしいなぁと思ってしまいました。
竹林内をウロウロしましたが、それを抜けて丘陵の尾根を登ると、雑木の中に円墳らしき墳丘を見つける事が出来ました。墳丘に近づくと横穴が見えます。なんでこんな所に横穴式の石室をもつ古墳が有るのだろうと、少しワクワクしながら石室内を覘きこむと、石室幅が狭いです。メジャーで概略図って見ると、幅70㎝、高さ70㎝、奥行き2m程で、主軸は南北方向です。石室内は小さな石が積まれています。(右側の側壁は傾いている)これは横穴式石室でなく、紛れもなく竪穴式石室でした。開口しているのは、竪穴式石室の南側が大きく破壊されたものでした。そして、墳頂には円礫(丸小石)が敷き詰められた様に置かれていたので山崎1号墳に間違いないと思いました。墳丘下には、破壊で外された石材や蓋石らしき物が散在していました。
丘陵南側の集落から尾根筋の山道を登って行くと、円墳らしき墳丘が藪の中に見えます。GPSで確認すると、どうやら3号墳の様です。墳頂には盗掘坑が有ります。そして墳頂から北側を見ると、すぐ足元が崖になっています。上から覘くと崖の途中に洞窟の様な穴が見えます。不思議に思い、回り込んで崖下に降りてみました。崖下から横穴口までよじ登って中を覘くと手堀の洞窟になっています。丁度古墳の下側を、ぶち抜くかたちで10m以上有る感じです。盗掘なら墳頂を掘るのが通常でしょうが、何のための横穴なのか不思議です。
それから丘陵を60mぐらい下がった所に低い墳丘が有ります。2号墳の様です。
そして西側のすぐ近くに割合高い墳丘が有ります。前方後円墳と言われる小ぐろ古墳です。墳頂には大きな掘り出し跡が有り、大きく窪んでいます。西側の方向に前方部が有りますが、歳月で土が流出したのか、かなり低くなってバランスが悪く見えます。そして、墳丘脇には3号墳と同じような崖が有り、やはり古墳下をぶち抜くかたちの横穴が見られます。(1号墳は崖下に降りるのは危険で中止)
今回、古墳の下をぶち抜く横穴と言うのを初めて見ました。
丘陵南側の集落を歩いていると、地元の方にお会いしたので古墳の場所を聞くと、この山に古墳が有るかどうか分からないとの事。山の中も手入れしていないので道はないとの事でしたが、とりあえず上り口まで連れて行ってくれると言う事でお世話になる。途中、歩きながら50年前の小学生の時に近くの山頂にある天狗山古墳に遊びに行った時、埴輪を見つけて学校に持って行って先生に見せたと言う様な話を聞かせていただいた。上り口から丘陵に入るが道は無く藪の中を登って行くが、上に行くほど藪が激しくなる。ほうかぶりをして進むと藪中に古墳と分かる墳丘が目に入ります。位置的に2号墳の様です。墳丘東側は無くなっている様に見えます。円墳ぽいなぁと思ったりします。更に登って行くと立派な墳丘が見えてきます。方墳と言う事で名残が有ります。墳頂には盗掘抗らしき凹みが有り、横穴式石室の石材が露出しています。付近には茶色の埴輪片?らしき物が散らばっている様にも見えました。
teruさんこんにちは。
この丘陵にはまだ沢山の古墳が有るようです。また行って見てみたいです。
残念な事になっている古墳でした。墓地先を歩いていると、前方に大きなコンクリートの塊みたいな岩が見えます。何気なしに下を見ると大きな穴が開いています。はぁ~と思いながら覗きこむと石室です。下に降りて中を覗き込むと、なかなか大きな石室です。ただ中は廃材やらビンやらゴミが大量に入れられ、歩くたびにバリバリ音がする状態です。これじゃ埋葬者もうかばれないだろうなぁと言う気持ちになります。脇には石垣が有りますが古墳の石材と同じ礫岩が使用されています。この地区を何回か歩いてみましたが、集落の石垣に使用されているのを見る事があります。この地区の特産なんでしょうネ。