yuki1949さんのプロフィール
神社から見ると円墳に見えますが、参道の階段を登ると、そこが後円部の墳頂で、その奥に前方部が見え、前方後円墳として形状をとどめています。車は神社に止めさせていただきました。
南東の砂子地区の道路からアクセスし集会所の前に駐車しての見学です。集会所の前に案内板があり、古墳へは鐘突き堂の下の明神社の参道を登って行きます。古墳は明神社の社の先にあり、径、高さともに大きな後円部が見えます。後円部に登ると通りすぎた手前が前方部であることがわかります。後円部、前方部ともに墳丘がきれいに残っているようです。されに先に進むと附薬師堂古墳があります。帰り道、路上にたぬき?が歩いていました。
南側の道路沿いで作業をしていた人に聞いたところ、登る道があるけれど、藪が生えて通れるかどうか、いのししも出るとのこと、遠慮することにしました。残念ですが?
一面の畑の中、なだらかな墳丘があります。低い前方部は畑になっていて緑の葉の作物が栽培されており、やや高い後円部は草原になっています。後円部の一部は、車の輪だちができており、近い将来、消滅するかも? かなり大きな古墳なので、保存してもらいたいが、難しいですかね?
前方部と後円部が分断されているようで、くびれ部の高さがほとんどなようであるが、後円部径約67mは、さすがに大きく、墳頂には社が2棟あり、さらに円墳のような小山もある。前方部はかなり低くて、形状がはっきりしないようだ。
北の入口から入ると、前方部は低く小さいので一見すると円墳にみえるが、北の道路からは全前方部がはっきりと見える。墳丘に登ると小さな社がある。
確かに円墳であり、前方部は消滅のようだ。墳丘には、大きい社があり、かなり広いようだ。現地案内板は発見できなかったが、見逃したか?
公園内に緑の草に覆われた墳丘が見える。アレ、以外に小さいと思いながら墳丘に登ると、なるほど、遠目では見えにくい前方部が墳丘から伸びいた。土曜日の公園の昼、小学生程の子供が声を上げながら、楽しそうにバトミントンをしていた。
温泉施設の駐車場前、道路より一段高くなった広場(空き地)があり、階段を登ると、左手の奥に小さい円墳があります。道路からは見えない広場の隅でひっそりと身を隠している感じが好ましく、墳丘の樹木が少し色づき初めていました。
広々とした田んぼが連なる中にかわいい円墳があります。秋の稲刈りの直前、黄金色の稲に囲まれて、緑の墳丘がひときわ目立ちます。過不足なく程よく整備された、さわやかな印象の古墳です。古墳に通じる農道で稲刈りの準備をしている方に、挨拶しての見学です。なお、新潟に近い会津の米はおいしいとの評判です、お店で見かけたら、ご賞味ください。
大塚山墓園からアクセスしました。墓園の南側の丘陵頂上が古墳になっており、前方部が後円部に比べ、かなり低くなっています。後円部の墳丘には、たしかに石棺のような石材があります。
1号墳と3号墳ともに出土品に特殊器台形埴輪があり、規模も同程度。それなのに、前方後方墳と前方後円墳ですか、おもしろいですね、不思議ですね。大和への従属度や、単に趣味の問題ですかね?
まほろば古の里歴史公園内に整備されていて、石室は天井が高く、大きく立派である。楽に石室内に入ることができる。公園内は子供や家族連れが遊んでいる。
見た目は円墳のような感じで、前方部が失われたいるため、規模も小さく感じます。古墳の周りも削られているようです。古墳に通じる道路は、交通量がほとんどなく路上に駐車できるようです。
きれいに整備され、駐車場、トイレ完備。子ずれの若い夫婦が見学していました。また、タクシーで2人ずれのご婦人のうち、興味がないのか1人は車内の残り、もう1人は墳丘に登り見学していました。100m近い古墳はやはり大きく立派です。モヒカン刈りも実見すると、それほど違和感はないようです。
コメント (677)
神社から見ると円墳に見えますが、参道の階段を登ると、そこが後円部の墳頂で、その奥に前方部が見え、前方後円墳として形状をとどめています。車は神社に止めさせていただきました。
南東の砂子地区の道路からアクセスし集会所の前に駐車しての見学です。集会所の前に案内板があり、古墳へは鐘突き堂の下の明神社の参道を登って行きます。古墳は明神社の社の先にあり、径、高さともに大きな後円部が見えます。後円部に登ると通りすぎた手前が前方部であることがわかります。後円部、前方部ともに墳丘がきれいに残っているようです。されに先に進むと附薬師堂古墳があります。帰り道、路上にたぬき?が歩いていました。
南側の道路沿いで作業をしていた人に聞いたところ、登る道があるけれど、藪が生えて通れるかどうか、いのししも出るとのこと、遠慮することにしました。残念ですが?
一面の畑の中、なだらかな墳丘があります。低い前方部は畑になっていて緑の葉の作物が栽培されており、やや高い後円部は草原になっています。後円部の一部は、車の輪だちができており、近い将来、消滅するかも? かなり大きな古墳なので、保存してもらいたいが、難しいですかね?
前方部と後円部が分断されているようで、くびれ部の高さがほとんどなようであるが、後円部径約67mは、さすがに大きく、墳頂には社が2棟あり、さらに円墳のような小山もある。前方部はかなり低くて、形状がはっきりしないようだ。
北の入口から入ると、前方部は低く小さいので一見すると円墳にみえるが、北の道路からは全前方部がはっきりと見える。墳丘に登ると小さな社がある。
確かに円墳であり、前方部は消滅のようだ。墳丘には、大きい社があり、かなり広いようだ。現地案内板は発見できなかったが、見逃したか?
公園内に緑の草に覆われた墳丘が見える。アレ、以外に小さいと思いながら墳丘に登ると、なるほど、遠目では見えにくい前方部が墳丘から伸びいた。土曜日の公園の昼、小学生程の子供が声を上げながら、楽しそうにバトミントンをしていた。
温泉施設の駐車場前、道路より一段高くなった広場(空き地)があり、階段を登ると、左手の奥に小さい円墳があります。道路からは見えない広場の隅でひっそりと身を隠している感じが好ましく、墳丘の樹木が少し色づき初めていました。
広々とした田んぼが連なる中にかわいい円墳があります。秋の稲刈りの直前、黄金色の稲に囲まれて、緑の墳丘がひときわ目立ちます。過不足なく程よく整備された、さわやかな印象の古墳です。古墳に通じる農道で稲刈りの準備をしている方に、挨拶しての見学です。なお、新潟に近い会津の米はおいしいとの評判です、お店で見かけたら、ご賞味ください。
大塚山墓園からアクセスしました。墓園の南側の丘陵頂上が古墳になっており、前方部が後円部に比べ、かなり低くなっています。後円部の墳丘には、たしかに石棺のような石材があります。
1号墳と3号墳ともに出土品に特殊器台形埴輪があり、規模も同程度。それなのに、前方後方墳と前方後円墳ですか、おもしろいですね、不思議ですね。大和への従属度や、単に趣味の問題ですかね?
まほろば古の里歴史公園内に整備されていて、石室は天井が高く、大きく立派である。楽に石室内に入ることができる。公園内は子供や家族連れが遊んでいる。
見た目は円墳のような感じで、前方部が失われたいるため、規模も小さく感じます。古墳の周りも削られているようです。古墳に通じる道路は、交通量がほとんどなく路上に駐車できるようです。
きれいに整備され、駐車場、トイレ完備。子ずれの若い夫婦が見学していました。また、タクシーで2人ずれのご婦人のうち、興味がないのか1人は車内の残り、もう1人は墳丘に登り見学していました。100m近い古墳はやはり大きく立派です。モヒカン刈りも実見すると、それほど違和感はないようです。